人間万事塞翁が馬。清水氏が市長選に落選したのは、ある意味で良かったのかもしれない件

30年の市政に終止符を打った穂積氏

群馬県の太田市長選挙が終わり、無所属で新顔の前自民党県議・穂積昌信氏(50歳)が、無所属で現職の清水聖義氏(83歳)を破り、初当選を果たした。清水氏は旧太田市時代から通算8期市長を務めており、全国最多の当選回数と最高齢の現職市長だった。​今回の選挙では、30年間続いた長期市政への評価が大きな焦点となった。​穂積氏は「若い市長」「世代交代」をキャッチフレーズに掲げ、情報公開の強化やSNSを活用した市民との対話を進めることを公約に掲げ、現職に挑んだ。

投票率は39.74%で、前回の29.56%から大きく上昇。​得票数は、穂積氏が35,091票、清水氏が32,989票で、約2000票の差をつけ、穂積氏が当選をした。

多選批判はあるが実績も大きい

賛否両論はあるが、この30年間の清水市政を振り返ると、太田市が東毛地区の中心として確固たる地位を築けたのも清水氏の存在感は大きい。
教育分野においては、英語に特化したぐんま国際アカデミー(GKA)を設立したり、市立太田商業を中高一貫校に変更したり、他に先駆けて給食費を幼稚園と保育園は助成、小・中学校は無料にした。子どもたちの医療費助成も県内で初めて取り組み、「子育てのしやすい太田市」のイメージを定着させた。

GKAについては、学校の運営主体をめぐり、当時の小寺県知事と真っ向から衝突し、物議を醸したが、英語に特化した教育は全国からも注目を集め、県外からも受験者がいる学校になった。実際、GKAに入学すれば、確実に英語の話せる子になる。「英語だけ」という批判もあるが、英語を自在に使いこなせる能力はグローバル社会を生き抜く中で、大切なスキルだ。学習塾の塾長だった清水氏に先見の明があったと言える。

市立太田商業高校を市立太田高校と改組し、中高一貫校にしたことも時代の流れを読んでいた。現在、県内の公立高校は多くの高校で定員割れを起こしている。進学校であっても1倍そこそこの高校もある。市立の高校の改革に着手しなければ、少子化の流れもあいまって、同校の状況は生徒募集という点で大変なことになっていただろう。他の商業高校の倍率が軒並み低いことから考えても苦境に立たされていたのは間違いないだろう。早い段階で普通科を設け、中高一貫校にしたことで、小学生段階で生徒を確保できるようになった。その煽りを受け、太田高校や太田女子高校の倍率は相対的に下がったが、「県立」ではなく「市立」の高校を人気校にしたのは、太田市にとってはプラスだった。太田中の今年度の倍率は2.3倍。女子だけで見ると2.8倍で、県内の公立中高一貫校で最も倍率が高かった。

駅前再開発やクレインサンダーズの誘致など、街全体に「賑わい」を創出し、市民の帰属意識を高めた点でも、清水前市長が太田市に残した功績は非常に大きい。交通面では、北関東道の太田薮塚IC、太田桐生ICのみならず、強戸にスマートインターを設置した。一つの市に高速道路の入り口を3つも作れたことは、太田の工業都市としてのポテンシャルを高めたといえる。

穂積氏を待ち受けるこの先の4年

一方で、「アンチ清水」も少なくなかった。地元建設会社との蜜月関係を好ましく思わない市民や何でも率直にズバズバ言う物言いに辟易する市民もいた。独断専行でことを進める手法はある種、「トランプ」的な雰囲気もあり、批判の声もあった。

それに比べると、穂積氏は優しそうな顔つきで、女性受けのよい印象を放っている。ただ、50歳の若返りは表向きは歓迎なのかもしれないが、これから穂積氏を待ち受ける現実は、彼にとって茨の道になるような気がしてならない。もちろん、手腕未知数の新市長を貶めるわけではない。それだけ清水氏の功績は大きかったということだ。カラオケで例えるなら、とても上手な歌い手の後の順番のプレッシャーに似たものが穂積氏の肩にはのしかかっている。そして、タイミング悪いことに「トランプ」がアメリカ大統領になってしまった。荒れる国際情勢は企業城下町の太田市にとって無縁ではない。

市長としての30年の重み。清水市政が長期政権だったため、市役所などの行政機関や議会には清水色が浸透している。ある首長を取材した時に、新しく当選した首長のやりにくさについて漏らしていた。行政機関の職員、とりわけ上層部に前職のカラーが浸透していて、新首長のコントロールが利かないという話だ。まして30年という歳月が蓄積された太田市役所では、なおさらその色彩は強いと考えられる。それを突破できるだけの胆力が穂積氏にあるのかどうか。ここはお手並み拝見といったところ。橋下徹が大阪府や大阪市の職員とガチンコ対決したような、「強さ」と「乱暴さ」が必要な局面もあるはずだ。

清水氏がいたからこそ、防波堤になっていた政策もある。県が進めたい「ある事業」に関して、「清水さんがいる間は多分無理だろうね」という県関係者の声を聞いたことがある。今回の市長交代によって、清水氏だから手を着けられなかった政策が動き出す可能性もある。それが太田市にとってプラスになるかマイナスになるかは未知数だ。

そして、先にも述べたが一番の懸念材料は「トランプ関税」だろう。すでに報じられているように、アメリカ国内での現地生産比率が低い、スバルやマツダはこのトランプの政策の影響を直に受けると言われている。両社とも北米での販売比率が高く、海外での販売が経営を支えているからだ。海外からの評価が高い自動車を製造していると言っても、大幅な関税をかけられれば価格が高騰し、アメリカ人が「欲しくても買えない車」になる可能性は十分ある。比較的、トランプ関税の影響を受けにくいと言われているトヨタ自動車がグループであるスバルをどれだけ守ってくれるか。企業城下町の太田市はいま瀬戸際に立たされている。国際関係に関しては一地方公共団体では手に負えるはずはなく、県政や国政とのパイプが重要だ。その意味で、山本一太知事と距離が近く、国政にも顔の利く清水氏の方がこの難局を切り抜けるには適している。

晩節を汚さずにすんだ?

もちろん、民意が選んだ新市長だから、それに関してポジティブに応援したいが、穂積氏を待ち受ける「この先、4年間」には懸念材料が非常に多い。ベテランであっても舵取りの難しい情勢をどう切り抜けるか。ここで手腕を発揮すれば、2期目、3期目も期待できるだろう。いきなり正念場に立たされている。
清水氏にとっては83歳という高齢であり、今回落選したことは、むしろ幸せだったのかもしれない。国際情勢が不透明で太田市に嵐が吹き始めているこの状況下、たとえ清水氏の手腕をもってしても、荷の重い情勢だからだ。意地悪な言い方をすれば、良いタイミングで「逃げられた」とみることもできる。この先の舵取りを誤れば、晩節を汚すようなことになっていたかもしれないからだ。
当選し祝福、喝采を浴び、新人歓迎ムードの穂積氏。一方、落選し「ふがいない」と漏らした清水氏。この先を見通したとき、人間万事塞翁が馬という故事成語が頭をよぎった。

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