創業者・小林一三が創り出した鉄道ビジネスモデル
日本で一番美しい電車は間違いなく阪急だと思います。
大学生の頃、大阪の梅田駅にはじめて降り立った時、あまりのスケールに呆然としたのを今でも覚えています。阪急梅田駅は 1号線から9号線まで広がった広大なホームを有し、JR、私鉄含めて日本を代表するターミナル駅の一つです。
駅の構造は横に長いだけでなく天井までの高さもあり、大都市・大阪のターミナルながら、人酔いしない包容力のある造りになっています。狭苦しい東京の私鉄のターミナルと一線を画した造りです。

梅田駅の上は、阪急百貨店。こちらも大阪一大きな百貨店です。
沿線からターミナルの梅田に集客し、買い物が楽しめるように巨大な店舗を構える。鉄道王・小林一三が作り出した、この私鉄経営のモデルは、その後の東急や西武などの鉄道ビジネスに引き継がれていきました。 このスケールの大きさだけで圧巻ですが、ただ規模に終わらないのが阪急のすばらしさです。細かいところに〝阪急イズム〟が根差しています。
光る車両とホーム クリンリネスの行き届いた阪急
その阪急イズムとは具体的にどんなものでしょうか?
まずクリンリネスが行き届いている点です。
東武などは、規模こそ大きい鉄道会社ですが、駅や車両が汚い。特急などの優等車両でも雨の降った後などはその汚れが気になります。東武だけでなく、東京の私鉄はおおむね汚れが目立ちます。お金を払って乗るのだから、きれいな車両に乗りたいというのは乗客の心情でしょう。あくまで移動手段だから気にしないという方もいらっしゃるかもしれませんが、移動手段であっても、おもてなしの気持ちがある鉄道会社とそうでない鉄道会社があれば、自分なら間違いなく前者を選びます。東京の私鉄が殿様商売になってしまったのは、競合区間が少ないせいだとも言われています。
たしかに、関西は京都ー大阪間、神戸ー大阪間に複数の鉄道会社が路線を持ち、競争しています。それがサービス向上につながった面はあると思います。
関西に行った際にはぜひ実感してほしいのですが、阪急電車は、いつも鏡を見るかのように光り輝いています。古い車両でも大切に扱われていることが分かりますし、何より乗客としてもきれいな車両に乗るのは心地いい体験です。


ホームの床もピカピカで、眩しいくらいです。セブンイレブンなどのコンビニの床もピカピカ光り輝いていますが、あの感覚に近い美しさです。
ブランドカラーは〝阪急マルーン〟 車両デザインの統一感
そして、阪急電車にはデザインとしての秩序があります。
阪急は主に神戸線、宝塚線、京都線の3系統で構成されています(支線もありますが、この3線が幹になっています)。それぞれ梅田駅をターミナルにし、神戸三宮や京都河原町などを結んでいます。系統が3つあっても、阪急は車両のカラーはすべて同じ茶系です。いわゆる「阪急マルーン」と呼ばれるカラーに統一されています。
東急や東武など、コスト削減のためにステンレス車両を導入する鉄道会社が多い中、あくまで塗装を変えないというこだわりが、阪急車両のデザインとしての統一感を生み出しています。
ほかの私鉄はカラーリングもばらばらで、デザインポリシーを感じない車両が非常に多い。 単体としては素晴らしい車両があっても、その鉄道会社全体としてデザインコントロールされていないのです。関東の私鉄で言えば、京浜急行などはデザインとしての統一感を大切にしている会社だと思います。京急といったら「赤」をイメージできますよね。でも、西武や東武や東急などはコーポレートカラーが何色なのかわからない。西武は黄色のイメージでしたが、最近は青系の電車を投入したりしますしね。
車内も木目調の壁面とライムグリーンのシートで落ち着いた空間
外観だけではありません。阪急は車内も、木目調の壁面と、緑色の座席に統一され、優等列車でないにもかかわらず照明にはカバーが施され、広告も最小限に抑えられています。東京の私鉄に乗った時のごちゃごちゃした感じが全くなく、とても落ち着いた車内空間です。
行先表示幕にもこだわり
電車の行先表示幕にもこだわりを感じます。いま鉄道会社で主流なのが、このLEDを用いた行先表示幕。LED独特のこの文字をほとんどの鉄道会社が採用しています。
しかし、阪急はここにもこだわりを見せます。従来の行先表示幕とデザインをそろえ、LEDでももともとの表示幕のデザインと統一させているのです。



この行先表示幕については、もう一つエピソードがあります。それは、終点の梅田に入線した時には、次の折り返し電車の行先表示に更新されているという点です。
「すでに梅田駅には入線した電車の折り返しに乗るために待っているお客さんがいる。そのお客さんが乗り間違えないように、入線する前に切り替えてるんや」と学生時代の友人である、阪急マニアのAくんから教えてもらいました。
こうした、乗客への「おもてなしの精神」が阪急の鉄道会社としてのブランド力を底上げしています。残念ながら、ここまで行き届いた鉄道会社は関東には皆無と言っていいかもしれません。
ハードの充実だけでなくソフトの充実が〝信者〟をつくる
沿線人口が減少する中、各大手私鉄は沿線のブランド力向上に注力しています。東急の渋谷再開発も、東武の日光再開発(ホテル誘致やSLなど)もその文脈に位置付けられます。
沿線にファンを作る。その際に求められるのは、ハードの充実だけでなく、ソフトの充実も大切だと思います。立派な施設や設備があっても、サービスがおざなりならば、ファンにはなってもらえないからです。その際、デザインの統一感もブランドのイメージの浸透には重要でしょう。
たった数百円の鉄道運賃であっても、おもてなしの精神を忘れない阪急の接客やサービスは、企業がソフトの充実を考える際のヒントになると自分は感じています。
余談になりますが、個人的に阪急とアップルは似ていると思っています。
アップルも貫かれたデザインポリシーがあり、アップル・イズムというか、ジョブズ・イズムが根付いています。細かいところまで気配りが行き届いていて、いつも驚きと感動を体験させてもらえます。
以前、アップルのカスタマーサービスに電話した時、「サポートスタッフに電話がつながるまで、お好みの音楽をお楽しみになってお待ちください」とアナウンスが流れたのには驚きました。この手の電話は待たされる時間が長く、うんざりするものですが、こういう工夫をすることで、顧客のストレスを減らし、さらにファンを増やしていくのだと思いました。
そういうこだわりがある会社だからこそ、両社にはファン以上の「信者」が存在するのでしょう。自分もその範疇に入るのかもしれませんが、信者になるとその会社の「布教」を始めます。
こういう顧客を持つことが、企業経営にとっては財産であり、永続性を生み出していくのでしょう。自分など、阪急から一銭ももらっていないのに、こんな礼賛の話を書いてしまうわけですから(笑)。
ただ、そのブランド力に胡坐をかき始めたら、「終わりのはじまり」になってしまう危険性もあります。ブランドは常に磨き続けなければいけないのです。阪急電車の光り輝く車両は、汚れては磨き、を継続してきた阪急の企業努力を体現しているのかもしれません。
この話、どんな業種にもあてはまると思います。