90年代、就活をめざす学生の憧れの的だった「フジテレビ」
就職氷河期まっただ中、団塊のジュニア世代にとって、マスコミ業界は憧れの的だった。まだインターネット草創期で、Yahoo!JAPANも「さあ、これから」という時代。孫正義が「いかがわしいほら吹き」のような扱いを受けていた頃だ。インターネット企業を志願する学生は極めて少なかったし、メディアとしてもテレビや新聞より〝格下〟だった。ちなみに、この氷河期にインターネット「起業」したのが、ホリエモンや藤田晋といった人たちだ。彼らネットベンチャーが頭角を現すのはもう少し先の話になる。
90年代までのメディアの頂点は間違いなくテレビだった。
華やかで給料も高いテレビ局は当時の学生の人気職業の一つだった。なかでも、人気番組を数多く放送し、視聴率〝三冠王〟として君臨していたフジテレビは、テレビ業界を志願する学生にとってまさに「王様」だった。そういう意味では、90年代当時にフジテレビに入社できた人々は、〝就活の勝ち組〟といってもいいだろう。当の本人たちにも少なからずそうした「選民意識」はあったのではないだろうか。
あの当時から、フジはコネがないと入れないと言われていた。だが、「コネ」に頼った採用が、その後の低迷につながったと私は思っている。実際、他局で活躍する人材がこの世代は非常に多い。受けたかどうかは定かでないが(ただ、テレビ局志望者は大抵、他局も受けるので受けていた可能性は高いとは思う)、元・テレ東の佐久間宣行氏やテレ朝のバラエティーを引っ張っている加地倫三氏といった名物プロデューサーやアナウンサーで言えば安住紳一郎氏や羽鳥慎一氏を採用できなかったのは、もしエントリーしていたとすれば、人事に目がなかったと言わざるを得ない。
もちろん、日テレ、TBS、テレ朝やテレ東といったキー局から内定を勝ち取れた学生は、業界を目指していた人たちからすれば「勝ち組」ではある。でも、この時代は「フジかそれ以外か」という序列は間違いなく存在した。自分自身もマスコミ就職志願者の端くれだったから、その空気感はよく覚えている。
大学受験でいえばフジは「東大のポジション」で、他のキー局は「早慶ポジション」といったところだろう。
余談にはなるが、「silent」「海のはじまり」などの話題作をプロデュースしている村瀬健氏は73年生まれの団塊ジュニア世代のストライクゾーンで、彼は日本テレビからフジテレビに転職している。どういう経緯があったかは分からないが、この動きだけみても、「フジかそれ以外か」という意識が業界内にはあったことがうかがえる。
いま、衰退しつつあるテレビ業界の中でTBSやテレ朝、テレ東が、結果を出しているのは、90年代にフジテレビに入れなかったコンプレックスを持つテレビマンの意地が牽引している、と私は勝手に思っている。テレ朝が視聴率の頂点に立つなど、あの当時からしたら、考えられない事態だ。
フジテレビが面白くなくなったと言われて久しいが、やはりどこかに王者としての奢りがあったのだと思う。
視聴率の低迷、相次ぐ不祥事を報じるネットや雑誌などの記事によくキー局のテレビマンが登場するが、彼らは示し合わせたように「フジには頑張ってほしい」とコメントを残す。でも、その言葉も半分は本音で、もう半分は「ざまあみろ」と思っているのではないだろうか。もちろん推測の域ではあるが…。
とはいえ、東大に入ることを熱望していて、不合格で早稲田や慶応に入学した人たちの「東大」へのコンプレックスが凄まじいのは事実として存在する。あの当時のフジに憧れて、夢かなわずテレ朝やTBSに入った人たちからすれば、心中にこうした歪みを抱えている可能性は十分にありうる話だ。
中居正広の騒動から延焼したフジの炎上はとまらないと思う理由
さて、今回の中居騒動はフジの屋台骨を揺るがしかねない状況にまで延焼、炎上しているが、私はこの「火事」はしばらく収まらないと見ている。というのも、先にも書いたように、〝フジ・コンプレックス〟を持っているメディア内部の人間が少なくなからずいると思うからだ。
絶対王者・フジの正社員という立場の人間に嫌な思いをさせられてきた制作会社の人間だって、「本当はフジテレビに入りたかった」夢破れた人かもしれない。あるいは別のキー局の社員だって「本当はフジテレビに入りたかった」人間かもしれない。そんな彼らにとって、キー局の社員だから周囲からの羨望を集めても、やっぱり「フジが良かった」という劣等感を抱えてきた時期があったかもしれない。でも、気持ちに整理をつけ、その負の感情をエネルギーに変えて、頑張ってきた。そんな人間だっている可能性はゼロではない。
「かもしれない」のオンパレードになってしまったが、人間の裏側に潜む「嫉妬」や「怨嗟」といった負の感情が行動や言動をつかさどり、時に社会に一つの流れをつくり出すことは往々にしてある。
あえてこの事態にブレーキをかける要素があるとすれば、どこの局も似たり寄ったりの「上納文化」があって、フジのことは言えない疚しさを抱えている人間が他局の上層部にいた場合である。
とはいえ、戦々恐々とおびえる人もいれば、いままで燻り続けた負の感情が覚醒し、歪んでいると自覚しつつも「このニュース」から蜜の味のような幸福感を感じてしまっている業界人もいるはずだ。あるいは、被害をこうむってずっと心の奥にしまい込み我慢を強いられてきた女子アナを中心とする女性テレビ局員からすれば、仕返し・復讐の好機でさえある。どんどんネタが週刊誌に放り込まれるだろう。
ここに来て、新聞やテレビに「オールド・メディア」のレッテルが貼られ、批判を受けているが、こうした批判をしている急先鋒は立花孝志やホリエモンといった50代の人たちだ。彼らには「フジテレビ」をはじめとするテレビ局への怨嗟の過去がある。
フジテレビ買収騒動で痛い目に遭ったホリエモンからすれば、言い方は悪いが「面白くてしょーがないネタ」かもしれない。今後、彼らの言論が拡散され、火事を煽っていくことだろう。なにしろ悪趣味の人たちだから。
そして、おいしい思いのできなかった「負け組」(あまり勝ち組とか負け組というくくりは好きではないけれど)の団塊ジュニア、就職氷河期世代からすれば、王者の陥落ほど、快感をもたらすニュースはない。だからこそ、このネタは彼らの〝煽り〟と共に消費され続けて行くだろう。
こういう様々な感情がフジ・中居騒動の底には脈々と流れ、うごめいている。そして、沈静化させない〝助燃剤〟になっている気がしてならない。
日本社会の「膿」を出す令和という時代
芸能人の不倫のニュースで「許される人」「許されない人」の基準がよく話題に上るが、世間から「嫉妬」されていたり、「実はあいつのこと嫌いだった」という潜在感情が対象にあったかどうかが分かれ目だと思う。
渡部建のしたことはいかがなものかとは思うが、佐々木希の夫という「嫉妬心」が世間にあったから、復帰に対して厳しい目が向けられてしまった一面もあるのではないか。
そういう世間の「許す」「許さない」の基準で考えると、フジの件はしばらくは落ち着かないように思う。フジテレビにも「嫉妬」や「実はあいつのこと嫌いだった」という世間の潜在感情があるからだ。ネットニュースのコメント欄を読むとそうした感情が根深いことがよく分かる。
新聞で言えば、朝日新聞が全くフジテレビと同じポジションだろう。メディアを目指す学生たちの頂点に朝日もフジもそびえていた。安い給料の産経や毎日に入社し、2~3年の修行を経て、朝日に中途で入るケースは実際によくある。毎日新聞ならまだしも、産経新聞という真逆の論陣を張っている新聞社からの移籍はどうかと思うが、思想の違いは上層部の問題であって、下々の社員からすれば「待遇」こそ大事なのだ。
話は逸れたが、週刊誌で朝日が叩かれやすいのも、朝日新聞を叩くと喜ぶ人たちがいるからだ。朝日ネタは売れるのだ。しかし、いまや紙媒体は衰退の一途をたどっており、朝日新聞は「夕日」のように沈みゆく存在になってしまった。随分、週刊誌も朝日に対しておとなしくなったのはそのせいかもしれない。朝日新聞自体も社会に迎合したつまらない記事が増えた。
一方、週刊誌的にはフジのこのネタは売れる「商品」だ。売れるものを手放す企業など資本主義社会では存在しない。だから、売れなくなるまでは書き続けるだろう。これも延焼させている要因だ。雑誌とテレビの違いはあれど、出版業界にも「フジ落ち組」は存在するし、きっと彼らは内面に復讐心を抱えながら、正義のペンを振りかざすことだろう。
ジャニーズの一件も含め、業界内の「上納」「枕」ネタは平成からずっと「噂レベル」では知られていた話。「本当だったらひどい話だよね」という、何となくうっすらとは臭っていたネタだ。2チャンネルといった掲示板界隈では昔からあれこれ書かれていた。
ある意味、社会の「膿」や「闇」が表に引きずり出され、建前ではあったとしても雑誌ジャーナリズムが取材活動という裏付けのもと暴いていくのは、「社会の健全化」という観点からは悪いことではない。
人間には誰しも闇や影がある。だから、すべてをキレイに、とは自分も思っていない。だが、権力者の横暴は社会的な害悪でしかない。そこに犠牲者がいて、沈黙を強いられているとすれば、「わるい奴ら」が言論によって一掃されるのは、世の中が健全な証拠だ。令和は不寛容な時代で居心地の悪さはあるが、本当に辛い思いをしてきた人たちに〝救い〟が機能している部分は時代の進化を感じる。
しかしまぁ、このフジテレビの没落はまるで令和版「平家物語」を見ているかのようである。トヨタなど大手企業が相次いでCMを見合わせるというニュースが報じられている。幕引きは上層部の辞任だろうか。あらたな株主にホリエモンが名乗りをあげ、ライブドア時代の復讐を果たすのだろうか。停波まではいかないまでも、このフジの騒動がテレビ業界の再編を加速させるかもしれない。
おごれる日枝 久しからず。
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25.02.03 誤字訂正